
院長の生い立ち、治療家を目指したきっかけ、現在にいたるまでを書かせていただきました。
前回までのストーリーPart11はこちら
⬇️⬇️⬇️
3-4 尊敬できる指導者との出会い。地域の皆様の健やかな毎日を支えたい、その一心で。
開業してから2年の月日が経とうとしていました。
Mさんが亡くなられてから、より患者さんのお役に立ちたいという気持ちが強くなり、その後も医師の先生のもとで遠絡療法の学びを深めておりましたが、先生がよく「私は遠絡療法に加えて、背骨を調整することを大切にしています。治療は心と身体を整えることが大切で、その時に背骨を整えるとさらに良くなりますよ」とおっしゃっていました。
今でもものすごく勉強をされている先生ですので、一般的な病院の先生とは違った視点で患者さんを診ているお話はとても勉強になっていました。
その時、以前カイロプラクティックの書籍を読んだことを思い出しました。アメリカ発祥のカイロプラクティックという手技は患者さんの背骨のバランスを整えることによって、様々な身体の不調を改善させる手技療法として世界に広まったと書籍に紹介されていました。読んでいて、理論もとても腑に落ち、大変興味深い手技療法だとは思っておりました。
そして、尊敬する医師の先生がそのようなお話をしてくださったことにより、さらにカイロプラクティックというものに興味が湧いてきて、とても良い治療法なのではないかという確信めいた思いがありました。
そらからというものの、寝不足でつらくなりましたが、カイロプラクティックについての書籍を深夜まで読み漁る日が続きました。そして、カイロプラクティックというと、どうしてもボキッと骨を鳴らす治療法を想像してましたが、本当のカイロプラクティックは全く別物であることを知りました。
また、本当に正しいカイロプラクティックを教えることができる先生は、アメリカで最低6年以上みっちり勉強して、お医者さんと同じくらい権威のあるドクターオブカイロプラクティックという資格を取得しておく必要があることを知ります。
私としては巷に溢れている偽物の技術よりも、どうしても本物を学びたい気持ちが強くありました。それはすべて患者さんのお役に立ちたいという想いからでした。
いろいろと調べ尽くした結果、全国で数件ですがその条件に合う教育機関が見つかりました。
その中でも、とりわけ厳しいことを書かれているスクールが目に留まりました。多くの治療系技術セミナーが甘い誘い文句で受講生の気を引くようなものが多い中、全く逆で、他のスクールではあまり見られないような厳しい内容を目にして、「とても信頼できそうなところだ」と直感的に思いました。そこのスクールは京都にあるスクールでしたので、問い合わせをして一度見学に行くことになったのです。
そして見学を丸一日させていただき、やはり本物を教えているとても信頼できるスクールだと思いましたので、入校の申し込みをさせていただきました。
こうして開業してから3年目の4月より京都でカイロプラクティックを学ぶ生活がスタートしましたが、鹿児島から京都まで学びに通い続けることは金銭的にも肉体的にも決して楽なことではありませんでした。
少しでも宿泊費用を抑えるために毎回安いカプセルホテルに泊まるようにしました。自宅から駅までは重い荷物を背負いながら自転車で片道30分以上かけて移動です。帰り着くのはいつも深夜ですが、タクシー代を節約するために、疲労でへとへとの状態で自転車で帰宅します。土砂降りの雨の中、重い荷物背負いながら自転車で帰宅する時などは特にしんどいなと感じることもありました。でも、「地域の皆さんのお役にもっと立ちたい」というその一心で頑張り続けることができました。
3年制で完結するカリキュラムのスクールですが、なんとか1年間通い続けることがまずできました。この一年は基礎的な知識と技術、リスクマネージメント、カイロプラクティック哲学を徹底的に叩き込まれました。普段の持ち帰り練習をもしサボっていると、すぐに先生に見抜かれて叱られますので、毎日必死になって練習していました。
カイロプラクティックを学びはじめて2年目がスタートしようとしていた矢先に、新型コロナウイルスが世間を騒がせて国が緊急事態宣言を発動し、4月、5月とスクールはお休みとなってしまいましたがその間も毎日練習は怠りませんでした。
6月からスクールが再開しましたが、世間はすごい自粛モードで「自粛警察」と呼ばれる人たちまで現れていましたが、私はここで歩みを止めるわけにはいきませんでした。患者さんの症状は待ってくれませんし、治療の技術というものはzoomなどのリモートでは絶対に習得できませんので行くしかありませんでした。しかし、家族にはこの時本当に心配をかけさせてしまいました。申し訳なかったです。
感染対策を徹底しながら毎月京都まで通い続けて、なんとかスクール2年目も終了することができました。しかし、毎日技術の練習を重ねていても、どうしても左右均等に同じようにテクニックを使用することの難しさに直面していました。ですのでそれを克服するために食事や歯磨き、掃除機をかけるなどの日常生活の動作を利き手ではない左手でするようにしました。これで問題が解決するかは分かりませんでしたが、しないよりはした方がいいのではないかと自分で考えた対策方法でした。大変でしたが、根気強く継続していくと少しずつ慣れてきました。そして以前よりもテクニックを使う際の左右差が減ったように感じましたので、私には効果はあったのかもしれません。
カイロプラクティックのスクールに通いはじめて3年目に突入しましたが、ここで大きな問題が発生してしまいます。新型コロナウイルスが全国的に広がって来ており、妻の職場でも同居している人が県外に出た場合は2週間は職場を休まないといけないという通達が出てしまいました。ここで悩みに悩みました。新型コロナウイルスを心底恨みました。しかし、今まで散々私のことを陰で支えてくれた妻です。ここは先生に叱られることも覚悟の上で、妻の立場を尊重することを優先することにしました。
少しだけコロナ騒動が落ち着き、京都へ学びに行けることができるようになりました。その日のスクールで実技に入ろうとした時に先生から「お前らは練習せんでええ、後ろで見とけ!」と凄い剣幕で言われてしまいました。そして、結局この日は最後まで見学で1日が終わったのです。
この後、半年ほどは先生から一言も口も聞いてもらえずに、辛い思いをすることになりました。同じ同期で叱られたメンバーはみんなスクールを辞めてしまいました。
「わざわざ京都まで来て、こんなにしんどい思いをするくらいならもう辞めてしまおうか」そう思ってしまうこともありました。ところが、実は練習させてもらえずに見学させられていたことも、とても大事な勉強につながっていたことを実感することになりました。
「あ、あのテクニックってこうやるんだ」「なるほど、ああやってやればいいんだ」という気づきがたくさんありました。先生は私たちを見捨てていたわけではなかったのです。それに気づいた時、心から感謝しました。
そして新年度の4月、スクールで実技の時間に入ろうとした時に先生に呼ばれました。そこで「これからは以前のように実技の練習もどんどんして、わからない所は先輩たちに聞くように」と言われました。半年間辛かったですが、ようやく先生からの許しをいただくこともできて、より一層練習に励むようになったのでした。
月日はたち、京都のスクールに通いはじめて6年目に突入していましたが、スクールを前日に控えたある日ギックリ腰になってしまいました。
京都へ向かう道中もとてもしんどかったのですがなんとかスクールに到着して、事情を受付で伝えました。そして講義に先生が来られてからすぐに、私の治療をするから治療室にこいと言われましたので治療を受けることになりました。
一瞬で一撃で終わりました。
そしてその後「歩いてみ」と言われて歩くと、信じられないくらい楽になっており、思わずびっくりしたリアクションが出てしまいました。その姿を見ていた先生から「誰が治療してると思てんねん!」と冗談まじりに突っ込まれてしまいましたが、私の中ではそれくらいインパクトのある出来事になったのでした。
その日は無事にスクールの練習にも参加することができて、翌日以降も全く問題なく仕事もできる状態になっていたのでした。この経験は辛い患者さんの気持ちを理解できましたし、素晴らしい技術、指導者から学ばせていただけていると再確認できました。そして地域の皆さんのお役に立てるようにと、より一層その後も勉強を深めていくうちに多くの患者さんからお喜びの声もいただくようになってきました。
京都でのカイロプラクティックの学びは今でも毎月続けており、厳しい指導者ですが、治療家として本当に尊敬できる先生とのご縁をいただけて感謝する日々です。
また、今現在もありがたいことに、尊敬している医師の先生からお誘いを受けて、定期的に遠絡療法の学びの機会をいただいて良いお付き合いをさせていただいております。
その学びの姿勢が評価されて、医師の先生を含めた医療従事者に向けて症例発表の機会をいただくことができました。そして、ありがたいことに私の院での取り組みが学会誌にも掲載されることとなったのです。このような勉強の積み重ねにより、これまで対応できなかった症状にも徐々に対応できるようになっていくことを実感するようになりました。
「地域の皆様の健やかな毎日を支えたい」その一心で今日まで歩んできました。そういう気持ちで歩んできたからこそ、このような素晴らしい先生方との良きご縁にも恵まれたのだと思っています。
そして、これまでの苦学や挫折を乗り越えてこれたのは家族や患者さんの存在があったからこそです。家族や患者さんのおかげでここまで成長させていただけました。だからこそ、地域の方々のお役に立てるように整骨院で仕事をする傍ら、休日や半日勤務の日は無料講座を開催させていただいています。
また、感染症が広まった時などは社会的弱者の方々への寄付を積極的に継続して、地域への健康を支える活動を継続してきました。お世話になっている地域の方々への恩返しの意味も込めて、より地域が元気になってくれたらと寄付を通じた社会活動は今でも継続させていただいております。
大好きな鹿児島の地域の皆様の笑顔が少しでも増えていけるよう、今後も精進してまいります。
院長のバックストーリー完
(監修 柔道整復師 児玉寛武)

